書評 Reviews
キリスト教勢力とイスラーム勢力の対立により、のみならず両者の交流と相互刺激により、地域社会はどのような影響を受け、また変化を蒙ったのだろうか。このような関心を出発点とする阿部氏の著作は、11世紀半ばから13世紀初頭にかけてのアラゴン連合王国――バルセロナ伯領をなすカタルーニャが実質的な対象となる――における君主と教会の関わり、および新たな征服地での政治体制や社会の形成・発展過程を検証するものである。阿部氏の労作は中世中期カタルーニャにおける「レコンキスタの実像」を史料から再構成しようとする試みである。多様な史料に語らせることによって、日本ではあまり知られてこなかったカタルーニャにおけるレコンキスタの様相を明らかにしており、スペイン史研究および西洋中世史研究に重要な貢献をなしたと言える。(……)
著者の40年にわたる中世シチリア王国に関する専門研究をまとめた論文集に対する書評。中世地中海をまたがる諸文明の結節点であるシチリア王国の歴史の独自性と異文化接触の現場における当地の普遍的パターンが、厳密な史料批判にもとづく官僚層の分析や財務行政機構の再検討などを通して明らかとなった。
本書の目指すところは、歴史学と文献学の学知を動員することでフリードリヒ2世という豊饒で複雑な人物像を描き出すことにある。読者はフリードリヒの歴史的立ち位置と彼にまつわる歴史的諸事件を究明するために単純な評価を下してはならず、むしろ同時代人たちの評価がすでに真っ向から対立し、且つそれらの評価が意図的なあるいは無意識の記憶の作用により過度に増幅されたことを銘記しなければならない。(……)本書は単に史料に依拠して歴史的事実を考証し、フリードリヒ2世の評伝をより精確なものにすることをめざす研究ではなく、むしろフリードリヒに付随するイメージに対峙し、その神話の読解作法を実践しつつ読者に提示し、さらにそうした神話の読解の帰結を歴史(学)に還元しようとする試みである。とりわけフリードリヒの場合に生じやすい、奔放で使い勝手の良いイメージに歯止めをかけるために、このような研究が提示されることが欠かせない。
PDF版15頁に掲載。
教皇と詩人の関係を通して、讃歌の対象としての、そして讃歌の奨励者・支援者としての中世教皇庁を描き出す。6~15世紀の約40人の詩人が具体的に扱われている。詩人たちが教皇を誉め称える詩歌を作り、それを彼らに捧げたが、そこには見返りが期待されているはずである。依頼者と制作者の間には庇護関係が成り立っていたが、本書はこのような関係の具体相を明らかにした点に価値がある。
13世紀の教皇庁に関する文献目録。最初に据えられるのは、19世紀後半に刊行されたA. Potthast, Regesta pontificum romanorumという史料目録であり、5741点の文献情報が収まっている。重要文献には簡潔なコメントが添えられ、その意義が明らかにされている。このため、中世教皇庁研究に関する史学史を辿ることもできる。
12世紀半ばから13世紀初頭における北イタリアの都市共和国連合についての概説書。著者は証書や歴史書、書簡、碑文、トルバドゥールの詩、法学に関する論文など多岐にわたる類型の同時代史料を渉猟し、各章において地理的・歴史的背景を明確にし、同盟の誕生と加盟都市について概観し、その構造と文書史料の伝播、経済的問題への関わりを検討している。
没後700年を経て多くの関連研究文献が発表され続ける中においては唯一の教皇ボニファティウス八世(在位1294~1303年)の評伝として貴重な本である。
『被告ボニファティウス』の著者ジャン・コストJean Costeの記憶にささげられた本書の白眉は、教皇を告発する文書の扱いと評価である。
告発文書という特殊な史料から事実や意識をすくい上げようとする試みの大変さは、あらゆる歴史家に共通する問題を考えさせてくれる。前任の、自発的に退位した「天使教皇」ケレスティヌス5世(在位1294年)を評価するためにも有益な1冊。
『物語るロマネスク霊性 池上俊一著『ヨーロッパ中世の宗教運動』(名古屋大学出版会 2007年)書評集』小澤実(編)(クリオの会、2008年)(『クリオ』22号別冊)、95-104頁。
池上俊一『ヨーロッパ中世の宗教運動』(名古屋大学出版会 2007年)の書評集に寄稿した書評論文。
まずは池上先生の『ロマネスク世界論』と『ヨーロッパ中世の宗教運動』を読んでいただきたいが,この書評は教皇庁を専門としている者としての評である。
PDF版
『史学雑誌』第118篇第2号(2009年)、130-131頁。